若き漁師たちの挑戦~北海道標津川
鮭の町標津(しべつ)
オホーツク海に面した漁業の町・標津。
標津町(しべつちょう)は、北海道東部、根室振興局管内標津郡にある町。日本有数の鮭の産地として知られる。町名の由来はアイヌ語の「シペッ」(大きな川)から。 上川総合振興局に同名の読みの士別市があり、テレビ・ラジオ放送では混同を防ぐために、標津町には振興局名を冠して「根室標津」、士別市を「サムライ士別」などと呼ぶことがある。
(ウィキペディア)
そこはかつて鮭漁で賑わっていました。
標津川の鮭
お父さんが鮭漁をしていた三浦勇さんは、子どもの頃からお父さんに憧れていて漁師の道に進みました。
川を遡上する鮭を捕まえて、人口孵化させ、毎年何万匹もの稚魚を放流する。
その鮭が3年後に親鮭となって、生まれ故郷の川に戻ってくるのです。
鮭は毎年そのような手立てで漁ができるのです。
減少した鮭の回帰
ところがここ数年は鮭の回帰数が大幅に減ってきたのです。
その最も大きな理由は標津川の構造にありました。標津川の氾濫を防ぐために、川を直線的に変えた歴史があるからです。
川が直線的に流れると、遮るものがなければ、流れが強くなります。その強さで、川の底に産み付けられた鮭の卵が流されてしまい、成長できないまま死滅してしまうからです。
試験的に採取すると、9割の卵が白濁し死んでいました。
流れを変える
そこで、川の流れの強さを押さえるために、途中に何カ所か一部川床を高くする工事を実施したのです。金属の網の中に石を入れ、川底に沈めるのです。
すると流れに淀みができ、底に向かう流れが卵に酸素を与えるという効果が出ることになります。
こうした工事のおかげで、卵は9割が生き抜いていることが実証されました。
また、標津町では、直線的な流れを元のように、蛇行する流れを復元するといった工事も行われています。国内でも珍しい工事で、現場は蛇行復元試験地と呼ばれています。
このような河川への具体的な動きが、徐々に鮭が戻って来る環境を整えることになりました。
若き漁師たちよ!
町にとっても、漁師たちにとっても、この事実は希望を与えてくれることになりました。
三浦さんは「鮭が増えたら、町も元気になるので、増えて欲しいですね」
と語っていました。
頑張れ若き漁師たちよ!
(NHK総合TV特集 3月29日放送分より 写真も同番組から)
コメント
鮭が増えるといですね
鮭が増えて欲しいですね
北海道の魚と言えば、鮭となるくらいですからね。
鮭で活気が蘇って欲しいものです。